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	<title>福岡でリノベーション・リフォーム・新築戸建てのことならホームランド &#187; 壇洋一ブログ</title>
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	<description>福岡で注文住宅を建てるなら、ホームランドへ。プロバンス風住宅や各種リフォーム、オーナー様のご希望に沿ったお住まいのご提案をいたします。</description>
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		<title>南筑後の歴史…雪峰山の墓所</title>
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		<pubDate>Wed, 15 Jan 2025 09:07:44 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[壇洋一ブログ]]></category>

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		<description><![CDATA[最近、壇・樺島大庄屋物語でお馴染みの樺島さんの末裔の関係者で同じ樺島さんから連絡があり、自宅の近くに立花家のお墓があることを知りました。その方の自宅は清水山の麓に実家ありますが、以前、九折（つずら）そばの雪峰山を少し登った所にお墓群があるとの情報で、地図を書いてもらい行ってきました。その場所は、高台なのですが、今は森林…]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[最近、壇・樺島大庄屋物語でお馴染みの樺島さんの末裔の関係者で同じ樺島さんから連絡があり、自宅の近くに立花家のお墓があることを知りました。<br /><br />その方の自宅は清水山の麓に実家ありますが、以前、九折（つずら）そばの雪峰山を少し登った所にお墓群があるとの情報で、地図を書いてもらい行ってきました。<br /><br />その場所は、高台なのですが、今は森林の成長と西の平野を望める前面に九州高速道路が通っていて、お墓の位置からは平野を望むことができませんでしたが、確かに古の時代には、風光明媚な場所で、そのような場所だったから柳川市内ではなく、遠く柳川城を望むことができるこの場所にお墓を建立したようです。<br /><br /><a href="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2025/01/image0-e1736928843863.jpeg" rel="lightbox[18369]"><img src="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2025/01/image0-e1736928843863-768x1024.jpeg" alt="image0" width="258" height="345" class="alignnone  wp-image-18371" /></a>　 <a href="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2025/01/image1-e1736928817373.jpeg" rel="lightbox[18369]"><img src="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2025/01/image1-e1736928817373-768x1024.jpeg" alt="image1" width="258" height="344" class="alignnone  wp-image-18372" /></a><a href="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2025/01/image2-e1736928828810.jpeg" rel="lightbox[18369]"><img src="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2025/01/image2-e1736928828810-768x1024.jpeg" alt="image2" width="256" height="341" class="alignnone  wp-image-18373" /></a>　<a href="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2025/01/image3-e1736928859788.jpeg" rel="lightbox[18369]"><img src="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2025/01/image3-e1736928859788-768x1024.jpeg" alt="image3" width="256" height="341" class="alignnone  wp-image-18370" /><br /></a>ただ、このお墓は立花宗成公の時代ではなく、関ヶ原の合戦から100年ちょっと<br />経った１７０２年、柳川３代藩主鑑虎の遺言で雪峰軒を建てられ隠居生活をここで過ごされたようです。<br />冬の朝などはこの別荘から眺める峰々の積もった雪が実に素晴らしく、その美しさに感動され、「ここにお墓を建ててくれ」というものであったようです。<br /><br />この墓所からは正面の遥か西方に柳川城を見ることができ、朝な夕なに我が城を眺めながらひと時を過ごされたのでしょう。<br />４代目の藩主鑑任公も親の意思を継いで親子二代でこの地にお墓を建てられた。<br />柳川城の行く末を見守り、今もこの山の麓で静かに眠っておられます。<br /><br />この場所は、瀬高町と高台の山川町が接し、東側に山がある麓の目立たない場所ですが、このような所に鑑虎公がこよなく愛した終焉の地があるとは驚きでした。<br /><br />歴史は奥が深いと考える今日この頃です。<br /><br /><br /><br /><br />]]></content:encoded>
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		<title>壇家と小野和泉とオノヨウコの接点</title>
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		<pubDate>Sat, 14 Dec 2024 08:48:20 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[壇洋一ブログ]]></category>

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		<description><![CDATA[小野和泉と言えば、戦国時代の勇名を馳せた戦国武将で、立花宗茂公の右腕ですが、　西軍につき敗戦して、宗成公と一緒に熊本に蟄居しましたが、その後、宗茂は浪人となり京に上り長い年月を経て再起しますが、小野和泉は肥後の加藤清正公に召しかかえられて、その豪胆かつ周到で率直なところを高く評価され、知遇を得ていたと言われています。　…]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<br />小野和泉と言えば、戦国時代の勇名を馳せた戦国武将で、立花宗茂公の右腕ですが、　<br /><br />西軍につき敗戦して、宗成公と一緒に熊本に蟄居しましたが、その後、宗茂は浪人と<br /><br />なり京に上り長い年月を経て再起しますが、小野和泉は肥後の加藤清正公に召しかかえられ<br /><br />て、その豪胆かつ周到で率直なところを高く評価され、知遇を得ていたと言われています。<br /><br />　　<a href="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2024/12/c86b4fead49d037ffc3b020a7eff91cd.png" rel="lightbox[18243]"><img src="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2024/12/c86b4fead49d037ffc3b020a7eff91cd.png" alt="スクリーンショット 2024-12-14 172414" width="213" height="292" class="alignnone  wp-image-18270" /></a>　<br />関ヶ原の戦いより前の豊臣秀吉時代に二度にわたる朝鮮出兵（文禄の役）では碧蹄館の戦いで、<br /><br />壇久右衛門と壇津右門の兄弟は小野和泉の与力となりお供しました。<br /><br />この戦いで迎撃の先方を務めた立花宗成の功績は大きく、明の名将 李如松の大軍を破り大勝利を<br /><br />得ましたが小野和泉ついた弟の壇津右門は戦死しました。<br /><br /><a href="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2024/12/2602adc15551c829dc06dfac62775536.png" rel="lightbox[18243]"><img src="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2024/12/2602adc15551c829dc06dfac62775536.png" alt="スクリーンショット 2024-12-14 172709" width="373" height="232" class="alignnone  wp-image-18271" /></a> 　　　　 <a href="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2024/12/6479bdc58a1b91da090159a619b91630.png" rel="lightbox[18243]"><img src="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2024/12/6479bdc58a1b91da090159a619b91630.png" alt="スクリーンショット 2024-12-14 172803" width="174" height="232" class="alignnone  wp-image-18272" /></a> <br />
<h4>ところで、その名将、小野和泉は、ビートルズのジョン・レノンの奥さんでオノ ヨウコですが、<br /><br />彼女は小野和泉の末裔だったんですね～。</h4>
１５９３年に壇家は小野和泉の与力として朝鮮に遠征しましたが、オノヨウコはその末裔ですから<br /><br />４３０年にわたる接点があったと今になって言えそうです（笑）<br /><br />歴史を知れば知るほど奥深く面白いですね。<br /><br /><br /><br />]]></content:encoded>
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		<title>壇家歴史にまつわる疑問点　その２</title>
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		<pubDate>Fri, 06 Dec 2024 10:38:02 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[admin]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[壇洋一ブログ]]></category>

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		<description><![CDATA[１６０１年頃に前述しましたが、量米等の運搬の途中、松風の関所で捕まり、田中吉政公の逆鱗にふれ翌日、当主と息子他、１１人の親戚縁者が処刑されましたが、壇家の当主及び息子や親類縁者のお墓がありませんでした。 　田中吉政公銅像 当然、罪を犯した者は、お墓を建てて供養することはご法度だったことは想像できますから誰にも分からない…]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[１６０１年頃に前述しましたが、量米等の運搬の途中、松風の関所で捕まり、田中吉政公の逆鱗にふれ<br />翌日、当主と息子他、１１人の親戚縁者が処刑されましたが、壇家の当主及び息子や親類縁者のお墓が<br />ありませんでした。
<h6><img src="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2023/03/7e1e8dfb1a6a552b2a9fab26c542a89a.png" alt="スクリーンショット 2023-03-02 121605" width="91" height="110" class="alignnone  wp-image-16561" />　田中吉政公銅像</h6>
当然、罪を犯した者は、お墓を建てて供養することはご法度だったことは想像できますから誰にも分からない<br />ように供養したのでしょう。<br /><br /><br /><br />話は変わりますが、壇家は、西暦７００年頃に宇佐八幡神社の神託としてこの地のみやま市瀬高町本郷に<br />やってきました。<br /><br />そう考えると、本郷に移住してから今まで１３２０年間という膨大な期間が経ちます。<br />本当かなと思い、みやま市の歴史年表で調べてみると間違いないようです。<br />ですから、関ヶ原の合戦は１６００年ですから、壇家の歴史からするとかなり近世になってからだった<br />ことが分かります。<br />
<h6><a href="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2021/02/image4-e1612760203947.jpeg" rel="lightbox[18239]"><img src="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2021/02/image4-e1612760203947-768x1024.jpeg" alt="image4" width="288" height="385" class="alignnone  wp-image-14899" /></a>　みやま市の量米運搬の出発点近く</h6>
ただ、長い歴史の中でも１６０１年の壇家処刑が、唯一、クローズアップされている大事件でした。<br />それ以前の歴史については正確ではなく、古の先祖の記憶に基づくのもであり縁のある神社などには<br />歴史を紐解く古文書により調べることが可能だろうとは思いますが詳細な史実は不明です。<br /><br />また、処刑の話にもどりますが、墓石がないのは想像できますが、数年前、本郷村の周囲は広い穀倉地帯<br />（今の農振地域）になっておりますが、今はどのようになっているのか分かりませんが、そのいたる所に<br />石の塚が点在したようです。<br />それが壇家の厳罰に処せられた親類縁者の墓だったのではないか？という人もおり頷けます。<br /><br />壇家の当主及び妻、息子の墓は無かったのかは不明ですが、昭和３５年頃に、村の墓を廃止して村営の<br />共同墓地を作ったときに、壇家建立の久遠寺にあった墓や他所にあた壇家の墓を解体しましたからお寺に<br />あったのかもしれません。<br /><br />以前、郷土の歴史家から連絡があり、中世の壇家のお城（出城）を探していて、壇の墓石の正確な年代が<br />分かれば、いろいろな史実が分かるそうですが&#8230;..<br />恐らく壇城は敷地内ではなく、数百メートル先の沖の端川沿いの本郷川にあったのではないかと言う人<br />もおります。<br /><br />壇家の墓石はお墓廃止の時に久遠寺の石垣に多くの墓石を再利用したそうで、その墓石を調査しましたが<br />分からなかったそうで、残念ながら今だ所在不明です。<br /><br />因みに、樺島家の当主と息子のお墓は松延のお寺の人目がつかない場所に今でもひっそりと佇んでいました。<br />私は壇・樺島家の古の悲運を思い手を合わせてきました。<br /><br /><br />続きはその３でご紹介<br /><br /><br />]]></content:encoded>
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		<title>先祖の非業の死（歴史）</title>
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		<pubDate>Mon, 02 Dec 2024 10:29:13 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[admin]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[壇洋一ブログ]]></category>

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		<description><![CDATA[明日はもう１２月２日になりました。お正月までのあと一ヶ月もありません。時間が経つのは早いですねー。以前、プライべートで私の先祖の歴史について書いていたことがありますが、走馬灯のように、また私が住んでいた旧家のことを思い出しましたのでご紹介します。私が住んでいた旧家は、歴史を紐解いてみると1620年前後に柳川藩から建てて…]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<h5>明日はもう１２月２日になりました。<br />お正月までのあと一ヶ月もありません。<br />時間が経つのは早いですねー。<br /><br /><br />以前、プライべートで私の先祖の歴史について書いていたことがありますが、走馬灯のように、また私が住んでいた旧家のことを思い出しましたのでご紹介します。<br /><br />私が住んでいた旧家は、歴史を紐解いてみると1620年前後に柳川藩から建ててもらったと聞いています。<br /><br />何で？と思われる方も多いと思いますが、建ててもらうことになった経緯を歴史の流れのなかで簡単に説明します。<br /><br />時は1600年、関ヶ原の戦いで西軍についた立花宗茂公と、その正室である誾千代は、加藤清正公の執り成しで、柳川城を開城し、宗成公は今の熊本県高瀬町に、誾千代はそこから4キロ程の荒尾近くの赤腹町に蟄居することになりました。<br /><br />その当時、大庄屋であった樺島家と壇家は、人望ある殿様と姫様の不運を悲しむと同時に恩義に思い、蟄居まで荷物の運搬なども付き添ったと聞いています。<br /><br />蟄居生活以降も、樺島と壇は定期的に百姓になりすまし米や塩などの生活に必要な物資を、関所を搔い潜り高瀬と腹赤町に運んでいました。<br />蟄居先までの距離は30数キロで、百姓になりすました両家の息子たちは、警備が手薄な夕刻以降に出発して南関道を通って宗成公の高瀬村、誾千代いる腹赤村へ向かいましたが、徒歩では荷物を持たなくて７時間ほどかかる行程です。<br /><br />誾千代のいる赤腹村で休息をとり、帰りは物資は無いので疑われこともありませんから、平野を通る三井道を通って帰路についたと言われています。<br /><br />時は１６０１年の７月頃、いつものように百姓に成りすました二人は量米を人力車に乗せ運んでいましたが、関所番（松風の関所・今の南関の近く）に密告した者がいたのか⁈　捕らえられてしまいました。<br /><a href="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2024/12/DSC6637lite.jpg" rel="lightbox[18220]"><img src="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2024/12/DSC6637lite.jpg" alt="_DSC6637lite" width="341" height="227" class="alignnone  wp-image-18235" /></a>　　 <a href="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2024/12/DSC6649lite.jpg" rel="lightbox[18220]"><img src="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2024/12/DSC6649lite.jpg" alt="_DSC6649lite" width="151" height="227" class="alignnone  wp-image-18236" /></a>　今も当時の雰囲気を感じる松風の関所跡<br /><br />関ヶ原の戦いの数年間はまだ不穏な空気は世の中には漂っていたころです。<br /><br />柳川藩に新しく入ってきた田中吉政公も不穏な空気が漂う領内のことが気がかりだったのでしょう。<br /><br />この地の三豪族と言われていた大庄屋である両家の椛島家と壇家が量米運搬で捕まったことはその当時は大事件でした。　<br />関所で捕らえられたことは、すぐ駿馬により田中吉政公に知らされました。<br /><br />その翌日、量米を運んだ両当主の長男は、今のみやま市山川町に入る面の坂（別名：首切り坂）で磔刑に処せられました。<br /><br />思わずこのような刑をうけることになり、道半ばにして無念だったことでしょう。<br />亡骸は村民は連れ帰ったと聞いています。<br /><br />尚、樺島家・壇家の親族縁者も同時に打ち首や切腹等により量刑に緒せられました。<br />昔の資料によると壇家で１１人ほどが殺されました。<br />それで、両家は断絶しましたが、その当時、乳飲み子がいたらしく、その子はこっそり近くの村の知り合いに預けられ難を逃れたそうです<br />。<br />両家の当主、息子、親類縁者の非業の死は、すぐ立花宗宗成公と誾千代にも知らされました。<br />それ以降、量米や生活必需品等の物資は誾千代姫はその翌年、病死か自害かは不明ですがこの世をさりました。<br /><br />立花宗成公は、誾千代の死を知り、失意の中、もう一度再起（お家再興）を願い家臣と共に京の都に旅経って行きました。<br /><br />京では、のちのち<span>西国一の武将と言われた</span>宗茂のまじめで人望ある人柄は徳川家康の目にも止まることになります。<br /><br />そして、徳川家康の息子であるのちに二代目将軍 秀忠の教育を任されて、徳川家の重臣の一人になる訳です。<br /><br />それから時間が経ち、１６２０年（元和６年）、秀忠の命により、宗成の柳川への再封が決定しました。<br /><br />関ヶ原の戦いで西軍側についた負け武将で、このように改易された大名のうちで唯一、元の領地に大名として復活できたのは前代未聞だ<br />ったようです。<br /><br />１６２１年２月に柳川の地に戻ってきました。<br />戻ってきた時には領地内の多くの村民が集まり出迎えたと言われています。<br /><br />柳川城にもどった宗成公は椛島と壇家の非業の死でお家断絶になったことを忘れていませんでした。<br /><br />すぐさま両家の者をお城に呼び出し、永大にわたる大庄屋の職を与えることになります。<br /><br />それ以降、柳川藩は４００年にわたり栄えてきましたが、両家も藩と村民をつなぐ大庄屋として栄えたようです。<br /><br />私が住んでいた旧家には、文献、籠や槍、刀、鍔、他にもいろいろありましましたから郷土史研究家や古物商もときどき来ることもありました。<br />子供のころの私は、家の中に金目のものはないか？普段は行かない屋根裏部屋の物を持ち出し小遣い銭稼ぎをしたこともありました。<br />早い話が悪ガキだったんです。笑<br /><br />一つだけ自慢できることは、敷地周りは３０００坪ほどの広さがあり、しかも田舎でしたから朝の目覚めで車の騒音とかの経験はなく、建物周囲の大きな木に年中小鳥が来ますから、小鳥のさえずりで目覚めます。笑<br />「何でこんな田舎なんだ！」とも思っていましたが、いやいや待てよ、、、「騒音公害もなく鳥の声で目覚めるなんて幸せかな？！」とも<br />思うようにしました。<br /><br />伝え聞いたこの家は家のどこかが柳川のお花（柳川藩の別荘）と同じような造りのところがあって、柳川藩から建ててもらったと言いております。<br />今は、私の実家はなく空家状態でそのまま置いておくと事故があるといけないので、２０年ほど前に解体してしまいましたが、いま思うと惜しいことをしてしまいました。<br /><br />樺嶋・壇大庄屋物語<a href="http://shofuku.nobushi.jp/dansyouya.html"><br />http://shofuku.nobushi.jp/dansyouya.html</a><br /><a href="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2024/11/067a74f67faa79a68c9658cb2b32b104.png" rel="lightbox[18220]"><img src="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2024/11/067a74f67faa79a68c9658cb2b32b104.png" alt="スクリーンショット 2024-11-30 172508" width="660" height="383" class="alignnone  wp-image-18221" /></a>　<a href="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2024/11/448c5edd194d3cf33907d8b62ea71994.png" rel="lightbox[18220]"><img src="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2024/11/448c5edd194d3cf33907d8b62ea71994.png" alt="スクリーンショット 2024-11-30 172651" width="698" height="379" class="alignnone  wp-image-18222" /></a><br /><br />上記は旧家の簡易図面です。<br />多少、それ以降に改築工事はあったかもしれませんが、１６２０年頃に建った家です。<br /><br />敷地のどこかに別棟建物があり罪人を一時的に入れる牢屋があったとも聞いていますが解体したのでしょう。<br />また、時間があるときに書いてみます。<br /><br />詳細は庄福サイトに樺島・壇大庄屋物語をご覧ください。<br /><a href="http://shofuku.nobushi.jp/dansyouya.html">http://shofuku.nobushi.jp/dansyouya.html<br /><br /><br /><br /></a></h5>]]></content:encoded>
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		<title>壇家古文書</title>
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		<pubDate>Tue, 29 Aug 2023 10:16:09 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[admin]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[壇洋一ブログ]]></category>

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		<description><![CDATA[皆さん、壇文書など興味は無いかもしれませんが、私は旧家育ちで幼い頃から 古文書が家にあるのは知っていましたが、歴史家がたびたび自宅を訪れて 貸し出した古文書が帰ってこないこともあったと思いますが、 その一部の906点の古文書を柳川の古文書館に寄託しました。 今回は私が寄託した古文書を「壇家文書」として纏めてもらいました…]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[
<h6>皆さん、壇文書など興味は無いかもしれませんが、私は旧家育ちで幼い頃から</h6>
<h6>古文書が家にあるのは知っていましたが、歴史家がたびたび自宅を訪れて</h6>
<h6>貸し出した古文書が帰ってこないこともあったと思いますが、</h6>
<h6>その一部の906点の古文書を柳川の古文書館に寄託しました。</h6>
<h6>今回は私が寄託した古文書を「壇家文書」として纏めてもらいました。</h6>
<h6>約56ページの書籍になりましたので、壇家に縁がある方にもその書籍を保管して</h6>
<h6>もらうように郵送しました。</h6>
<h6>その一部のページをご紹介しますので興味がある方はお時間があるときに読んでください。</h6>
<p> <a href="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2023/08/11.jpg" rel="lightbox[17232]"><img class="alignnone size-full wp-image-17234" src="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2023/08/11.jpg" alt="1" width="1512" height="2016" /></a> <a href="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2023/08/22.jpg" rel="lightbox[17232]"><img class="alignnone size-full wp-image-17235" src="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2023/08/22.jpg" alt="2" width="1512" height="2016" /></a> <a href="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2023/08/31.jpg" rel="lightbox[17232]"><img class="alignnone size-full wp-image-17236" src="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2023/08/31.jpg" alt="3" width="1512" height="2016" /></a> <a href="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2023/08/41.jpg" rel="lightbox[17232]"><img class="alignnone size-full wp-image-17237" src="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2023/08/41.jpg" alt="4" width="1512" height="2016" /></a> <a href="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2023/08/5.jpg" rel="lightbox[17232]"><img class="alignnone size-full wp-image-17238" src="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2023/08/5.jpg" alt="5" width="1512" height="2016" /></a> <a href="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2023/08/6.jpg" rel="lightbox[17232]"><img class="alignnone size-full wp-image-17239" src="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2023/08/6.jpg" alt="6" width="1512" height="2016" /></a> <a href="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2023/08/7.jpg" rel="lightbox[17232]"><img class="alignnone size-full wp-image-17240" src="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2023/08/7.jpg" alt="7" width="1512" height="2016" /></a></p>
<p><img src="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2023/08/8.jpg" alt="8" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>福岡新築・福岡注文住宅・プロヴァンスの家・可愛い家・こだわり住宅・アモーレの家・マッハの家・リフォーム九州・リフォーム福岡・リノベーション福岡・福岡リノベーション・suumo新築・suumoリフォーム九州・suumoリフォーム福岡・福岡ホームランド・ホームランド福岡・イエスタグラム・家づくり・暮らしを楽しむ・かっこいい家・個性的な家・インスタ映え・シンプルな家・自然素材の家・自然素材・マンションリフォーム・戸建てリフォーム・見学会・暮らしモデル見学会・長寿命住宅・長期優良住宅・長期優良リフォーム・賃貸・旅行・健康・健康志向・環境・良い環境・家づくり・趣味・趣味を楽しむ・こだわり・楽しい時間・材木・暮らしを楽しむ・人生を楽しむ・全館空調・湿度調整・省エネ・エコ住宅・VR展示場・バーチャル展示場・オンライン展示場・VR内覧・VRモデルハウス・YouTube・SDGs・柳川古文書館</strong></p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>総ての新築住宅を価値保証住宅にしました！</title>
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		<pubDate>Tue, 28 Mar 2023 01:44:48 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[admin]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[壇洋一ブログ]]></category>

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		<description><![CDATA[ 最近の注文住宅の動向調査では、耐震・免震・制振・高断熱・高気密といった住宅の 基本性能について関心が年々高まっております。 弊社でも、会社設立当初より住宅の基本性能は長期にわたり良好な状態で使用することを 前提に性能面に取り組んでまいりました。 国土交通省の長期優良住宅が始まってからは、多くの住宅をこのような仕様にす…]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[
<h6> <span style="font-size: 10pt;"><strong><span style="color: #333333;">最近の注文住宅の動向調査では、耐震・免震・制振・高断熱・高気密といった住宅の</span></strong></span></h6>
<h6><span style="font-size: 10pt;"><strong><span style="color: #333333;">基本性能について関心が年々高まっております。</span></strong></span></h6>
<h6><span style="color: #333333; font-size: 10pt;">弊社でも、会社設立当初より住宅の基本性能は長期にわたり良好な状態で使用することを</span></h6>
<h6><span style="color: #333333; font-size: 10pt;">前提に性能面に取り組んでまいりました。</span></h6>
<h6><span style="color: #333333; font-size: 10pt;">国土交通省の長期優良住宅が始まってからは、多くの住宅をこのような仕様にするように</span></h6>
<h6><span style="color: #333333; font-size: 10pt;">なりました。</span></h6>
<h6>　<a href="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2022/04/DSC_12173-300x200.jpg" rel="lightbox[16519]"><img class="alignnone  wp-image-15470" src="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2022/04/DSC_12173-300x200-300x200.jpg" alt="DSC_12173-300x200" width="143" height="95" /></a></h6>
<h6><span style="color: #333333; font-size: 10pt;">H23年には、長期優良住宅の中でも認定を受けるのが難しいと言われていたグリーン化事業</span></h6>
<h6><span style="color: #333333; font-size: 10pt;">地域型住宅先導モデルを九州・山口エリアでは唯一建設することができました。</span></h6>
<h6><span style="color: #333333; font-size: 10pt;">そう言う意味でも住宅の性能は非常に大切で健康・安全に永く暮らすためには切り離す</span></h6>
<h6><span style="color: #333333; font-size: 10pt;">ことができません。</span></h6>
<h6><span style="color: #333333; font-size: 10pt;">現在のホームランドの基本性能は長期優良住宅仕様、或いは長期優良住宅と同等以上の</span></h6>
<h6><span style="color: #333333; font-size: 10pt;">住宅しか建設しておりませんが、2022年10月以降は、更に認定基準が上がりましたので</span></h6>
<p><span style="color: #333333;"><strong><span style="font-size: 10pt;">それに伴い更に性能を向上させております。</span></strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<h6><span style="color: #333333; font-size: 10pt;">同時に皆様のお住まいは基本性能が高い住宅しか認定を受けることができない</span></h6>
<h6><span style="color: #333333; font-size: 10pt;">（一社）長寿命住宅普及協会の「ベストバリューホーム」として認定されます。</span></h6>
<p>&nbsp;</p>
<h6><span style="color: #333333; font-size: 10pt;">＜ベストバリューホームとは＞</span></h6>
<h6><span style="color: #333333; font-size: 10pt;">これまで建物寿命は３０～４０年と言われていた日本の住宅も、優れた建築資材の</span></h6>
<h6><span style="color: #333333; font-size: 10pt;">普及、施工技術の向上、国による住宅基準の見直し等の見直しにより、その寿命は</span></h6>
<h6><span style="color: #333333; font-size: 10pt;">今や60～100年とも言われ、高品質・長寿命が標準となりつつあります。</span></h6>
<h6><span style="color: #333333; font-size: 10pt;">しかし、建物の価値評価においては、どんなに愛着をもって大切に住み続けられた</span></h6>
<h6><span style="color: #333333; font-size: 10pt;">お住まいでも、新築から20年ほどで実質価値はゼロとみなされているのが現状です。</span></h6>
<h6><span style="color: #333333; font-size: 10pt;">ベストバリューホームシステムは作り手とお客様が一体となってお住まいを維持管理</span><span style="color: #333333; font-size: 10pt;">する</span></h6>
<h6><span style="color: #333333; font-size: 10pt;">体制をサポートし、その建物の将来価値を“<span style="color: #ff00ff;">見える化</span>”する新しい保証システムです。</span></h6>
<p>詳しくはここをクリック<img style="margin-left: 3px; margin-right: 3px; vertical-align: middle;" src="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/plugins/typepad-emoji-for-tinymce/icons/08/soon.gif" alt="" width="16" height="16" /><a href="https://best-value-home.jp/">長寿命住宅普及協会のH</a>P</p>
<p>&nbsp;</p>
<h6><span style="color: #333333; font-size: 10pt;">具体的なメリットは、</span></h6>
<h6><span style="color: #333333; font-size: 10pt;"><strong><span style="color: #ff00ff;"><span style="color: #000000;">＜</span>業界初</span>の価値保証システム＞</strong></span></h6>
<h6><span style="color: #333333; font-size: 10pt;">将来を見据えた建物の価値を長寿命住宅普及協会が算定。万一、売却時査定額と差が</span></h6>
<h6><span style="color: #333333; font-size: 10pt;">生じた場合、その差額を長寿命住宅普及協会が保証します。</span></h6>
<p>&nbsp;</p>
<h6><span style="color: #333333; font-size: 10pt;">&lt;価値保証を維持するための長期サポート&gt;</span></h6>
<h6><span style="color: #333333; font-size: 10pt;">ホームランドでは、長期保全計画により、5年ごとの点検をすることにより、長期的に</span></h6>
<h6><span style="color: #333333; font-size: 10pt;">維持管理をし、地場工務店では珍しい30年保証実現しました。</span></h6>
<p>&nbsp;</p>
<h6><span style="color: #800000;">************************************************************************ </span></h6>
<h6><span style="color: #333333; font-size: 10pt;">早い話が、あなたがお住まいを建築されると、その家は<span style="color: #cc99ff;">長期優良住宅</span>で、</span></h6>
<h6><span style="color: #333333; font-size: 10pt;">ベストバリューホーム</span><span style="color: #333333; font-size: 10pt;">システムの<span style="color: #cc99ff;">価値保証住宅</span>に認定されますので転勤や、他の理由に</span></h6>
<h6><span style="color: #333333; font-size: 10pt;">より売却しないといけなくなった時でも価格を下げることなく</span><span style="color: #333333; font-size: 10pt;">安心です。</span></h6>
<h6><span style="font-size: 10pt;"><span style="color: #333333;">さらにそのお住まいは新築から</span><span style="color: #cc99ff;">30年間（以上も可）保証</span><span style="color: #333333;">されるようになります。</span></span></h6>
<p><span style="font-size: 12pt; color: #800000;">*******************************************************************</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>壇・樺島家の歴史（５）</title>
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		<pubDate>Thu, 02 Mar 2023 10:12:24 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[admin]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[壇洋一ブログ]]></category>

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		<description><![CDATA[時は1601年、関ヶ原の合戦後、西軍についた立花宗茂と誾千代は敗戦で柳川城を出て 加藤清正公の領地である熊本県の高瀬と腹赤村にそれぞれ蟄居させられました。 合戦後のこの時期は、まだまだ世の中に不穏な空気が流れていた時代でした。 &#160; 壇・樺島両家は柳川城時代、立花宗茂と誾千代には並々ならぬ大変お世話になった こ…]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[
<h6></h6>
<h6>時は1601年、関ヶ原の合戦後、西軍についた立花宗茂と誾千代は敗戦で柳川城を出て</h6>
<h6>加藤清正公の領地である熊本県の高瀬と腹赤村にそれぞれ蟄居させられました。</h6>
<h6>合戦後のこの時期は、まだまだ世の中に不穏な空気が流れていた時代でした。</h6>
<p>&nbsp;</p>
<h6>壇・樺島両家は柳川城時代、立花宗茂と誾千代には並々ならぬ大変お世話になった</h6>
<h6>ことから、忠義精神で、百姓に身を隠し隠密で糧米を定期的に運んでいましたが、</h6>
<h6>ある夏の日、いつものように糧米を運んでいる途中、今の南関手前の関所で捕らえ</h6>
<h6>られてしまいました。</h6>
<h6>不穏分子による密告かもしれませんが知る由もありません。</h6>
<p>&nbsp;</p>
<pre><a href="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2023/03/7e1e8dfb1a6a552b2a9fab26c542a89a.png" rel="lightbox[15605]"><img class="alignnone  wp-image-16561" src="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2023/03/7e1e8dfb1a6a552b2a9fab26c542a89a.png" alt="スクリーンショット 2023-03-02 121605" width="120" height="144" /></a> 今の柳川高校裏の水路の畔にある田中吉政像</pre>
<h6>当時、このことは大変な事件で、すぐさま関所から駿馬により柳川城の田中吉政に</h6>
<h6>知らされ、翌日、壇家・樺島家の親類縁者諸共、死罪に処せられた事件ですが、</h6>
<h6>壇・樺島家は地域土豪であり大庄屋だったので、多くの農民を束ねていたこともあり、</h6>
<h6>田中吉政にとっては地元有力者の謀反を許すと、大変なことになると考えたのでしょう。</h6>
<h6>そのような当時の大事件は、今も地域の人に語り継がれ、面の坂という本で伝えられて</h6>
<h6>います。</h6>
<p>&nbsp;</p>
<h6>今回は両家が糧米を運んだ誾千代の蟄居先である腹赤村と宗茂公の高瀬までの距離を</h6>
<h6>歩いて、その大変さを体験してみようと思い立ちました。</h6>
<h6>歩く工程は腹赤町までの約34キロほどです。</h6>
<h6>腹赤町から高瀬までは徒歩で40分ほどかかるので断念しました。</h6>
<p><a href="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2022/05/image5-e1652238191575.jpg" rel="lightbox[15605]"><img class="alignnone  wp-image-15617" src="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2022/05/image5-e1652238191575.jpg" alt="image5" width="164" height="219" /></a>　<a href="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2022/05/0272a09bc127d1344e86f462eca9351a.jpg" rel="lightbox[15605]"><img class="alignnone  wp-image-15618" src="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2022/05/0272a09bc127d1344e86f462eca9351a.jpg" alt="画像 631-1" width="295" height="221" /></a></p>
<pre>みやま市吉井　　　　　　　　　面の坂（首切り坂は今でも不気味です）
　<a href="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2022/05/50e658e21e2e4fc52451986bdd50348e.jpg" rel="lightbox[15605]"><img class="alignnone  wp-image-15619" src="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2022/05/50e658e21e2e4fc52451986bdd50348e.jpg" alt="画像 901" width="210" height="118" /></a>　<a href="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2022/05/image4.jpg" rel="lightbox[15605]"><img class="alignnone  wp-image-15616" src="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2022/05/image4.jpg" alt="image4" width="241" height="181" /></a></pre>
<pre>北の関　　　　　　　　　　　　　　　　　関所近</pre>
<h6>今のみやま市瀬高町吉井から薩摩街道を通り、面の坂を登って山川町を過ぎ、北の関</h6>
<h6>松風の関所跡を通り、熊本県南関町へ。</h6>
<h6>南関を過ぎ山の麓をとおり20キロ先の腹赤村まではなだらかにくだる平野が広がっています。</h6>
<p><a href="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2022/05/DSC6649lite.jpg" rel="lightbox[15605]"><img class="alignnone  wp-image-15612" src="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2022/05/DSC6649lite.jpg" alt="_DSC6649lite" width="136" height="204" /></a>　　　　<a href="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2022/05/DSC6637lite.jpg" rel="lightbox[15605]"><img class="alignnone  wp-image-15611" src="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2022/05/DSC6637lite.jpg" alt="_DSC6637lite" width="305" height="203" /></a></p>
<pre>松風の関所跡　　
<a href="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2022/05/image3.jpg" rel="lightbox[15605]"><img class="alignnone  wp-image-15615" src="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2022/05/image3.jpg" alt="image3" width="136" height="182" /></a>　<a href="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2022/05/image2.jpg" rel="lightbox[15605]"><img class="alignnone  wp-image-15614" src="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2022/05/image2.jpg" alt="image2" width="136" height="181" /></a>　<a href="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2022/05/image1.jpg" rel="lightbox[15605]"><img class="alignnone  wp-image-15613" src="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2022/05/image1.jpg" alt="image1" width="227" height="170" /></a></pre>
<pre>南関の旧道　　　　　　　柳川領と肥後領の領境石</pre>
<h6>それにしても私は当時通ったであろう道を荷物を持たず歩きましたが、彼らは米屋や塩の</h6>
<h6>俵を人力車に乗せて運んだわけですから、それはそれは大変な労力を必要としたことでしょう。</h6>
<h6>本によると関所の取り締まりが厳しくない夕刻に出発して6～7時間の道のりですから</h6>
<h6>夜の23～24時に着いたのでしょう。</h6>
<h6>それから、誾千代の蟄居先の家の縁側で疲れを癒すための仮眠をとり、朝早く荷車を引き、</h6>
<h6>帰路についたと書かれています。</h6>
<p>&nbsp;</p>
<p><a href="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2022/05/de80d70cb106be5d70cfd70a1355be73.jpg" rel="lightbox[15605]"><img class="alignnone size-full wp-image-15610" src="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2022/05/de80d70cb106be5d70cfd70a1355be73.jpg" alt="画像 913" width="400" height="225" /></a></p>
<pre>誾千代のお墓（腹赤町）</pre>
<h6>全工程の歩行距離は70キロほどに及びます。</h6>
<h6>それを命をかけて定期的に繰り返していた訳ですから頭が下がる思いです。</h6>
<p>&nbsp;</p>
<h6>私が歩いたのは片道ですが、それでも三十数キロ歩くのは大変でした。</h6>
<h6>腹赤村（今の腹赤町）に着いた時には足には豆ができ筋肉疲労をおこして痛いやらで</h6>
<h6>疲れ切ってしまいました。</h6>
<h6>今回はできるだけ旧薩摩街道だろうと思われる道を通りましたので当時の雰囲気を感じ</h6>
<h6>取ることが出来ましたし、当時のことを考えたりと、とても良い経験になりました。</h6>
<h6>腹赤町では大変縁があった誾千代姫のお墓にお参りして、墓地の片隅でしばらく疲れを癒しました。</h6>
<h6>走行距離は34キロを休憩も含め7時間２０分ほどかかりました。<img style="margin-left: 3px; margin-right: 3px; vertical-align: middle;" src="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/plugins/typepad-emoji-for-tinymce/icons/08/sweat01.gif" alt="" width="16" height="16" /></h6>
<h6>帰りは歩く力もないので近くの駅までタクシーを呼び、鈍行列車でみやま市まで帰って来ました。</h6>
<p>&nbsp;</p>
<h6> 歴史書によると薩摩街道には二つの関所があり、取り締まりが厳しい三池道と比較的</h6>
<h6>取り締まりが厳しくない南関道があったようですが、糧米を運ぶときは南関道を取って、</h6>
<h6>帰路は整備された三池道を通って帰路についたようです。</h6>
<h6>私は万全を期してウォーキング用のスニーカーにリュックでしたが、当時は靴などなかったわけで、</h6>
<h6>ワラジで、立花宗茂のいる高瀬と誾千代の蟄居先である腹赤村まで糧米を人力車に乗せて運んだ</h6>
<h6>訳ですから言葉では表せないくらい大変だったと思います。</h6>
<p>&nbsp;</p>
<h6>話は変わりますが、最近、銀河鉄道９９９や宇宙戦艦大和で私の青春時代、一世を風靡した</h6>
<h6>松本零士さんが旅立ちましたが、旅立つときこのような言葉を残しました&#8230;..。</h6>
<h6>「遠く時の輪が接するところで、また巡り合える」という言葉が気にかかっていましたが</h6>
<h6>まさにこの言葉どおり1601年の壇家と樺島家の罷業の死から現代の2007年の3月、406年</h6>
<h6>の時が経ち、樺島さんと偶然面の坂で出会いましたが、私がこのことを偶然ではなく</h6>
<h6>必然であると思っていましたが、先日、テレビで松本零士さんの訃報を知ったとき、</h6>
<h6>彼の言葉で時の輪が接したとき、全く樺島家のことは知らなかった私が、面の坂で</h6>
<h6>樺島さんと巡り合わせがあったのは、必然であり時の輪が接した瞬間だったんです！</h6>
<p>&nbsp;</p>
<pre><span style="color: #0000ff;">次回（６）は、時の輪が接した瞬間を歴史背景と現代の出会いを交えてお話しします。</span></pre>
<h6></h6>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>寒いからだけで無く、断熱化しないといけない理由</title>
		<link>https://www.home-land.co.jp/archives/16544/</link>
		<comments>https://www.home-land.co.jp/archives/16544/#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 27 Feb 2023 09:36:48 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[admin]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[リフォームコラム]]></category>
		<category><![CDATA[壇洋一ブログ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://www.home-land.co.jp/?p=16544</guid>
		<description><![CDATA[最近は国交省の断熱化の指針にもあるように、高断熱高気密化された家が増えて 来ましたが、いわゆる実家に戻ると両親は冬は寒くて、夏は暑い家に住んでいる のがまだまだ一般的ですねー。 &#160; WHOが推奨している室内温度は18℃以上、子供や高齢者はもっと高い温度を 推奨していますが、日本の住宅の在宅中の室内温度は５９％…]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[
<p><span style="font-size: 10pt; color: #000000;">最近は国交省の断熱化の指針にもあるように、高断熱高気密化された家が増えて</span></p>
<p><span style="font-size: 10pt; color: #000000;">来ましたが、いわゆる実家に戻ると両親は冬は寒くて、夏は暑い家に住んでいる</span></p>
<p><span style="font-size: 10pt; color: #000000;">のがまだまだ一般的ですねー。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 10pt; color: #000000;">WHOが推奨している室内温度は18℃以上、子供や高齢者はもっと高い温度を</span></p>
<p><span style="font-size: 10pt; color: #000000;">推奨していますが、日本の住宅の在宅中の室内温度は５９％の家が基準を満たして</span></p>
<p><span style="font-size: 10pt; color: #000000;">いないことが日本サステナブル建築協会の調査でわかりました。</span></p>
<p><span style="font-size: 10pt; color: #000000;">このデーターによるとペアサッシを入れたお宅でも性能により推奨数値を満たして</span></p>
<p><span style="font-size: 10pt; color: #000000;">いない場合がうかがえます。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 10pt; color: #000000;">両親は私達からすると我慢強いと思いますが、本人たちは長い年月住んできた</span></p>
<p><span style="font-size: 10pt; color: #000000;">訳ですから、普通に生活しています。</span></p>
<p><span style="font-size: 10pt; color: #000000;">ただ、家の温度は一度下がると血圧が1上がると言われています。</span></p>
<p><span style="font-size: 10pt; color: #000000;">若い人は冬の温度の乱高下には若い分対応することができますが、40歳代以降</span></p>
<p><span style="font-size: 10pt; color: #000000;">になると室内の温度差は死活問題問題です。</span></p>
<p><span style="font-size: 10pt; color: #000000;">暖房を聞かせた居間から、冷えた廊下をとおり、洗面所はかなり冷えています。</span></p>
<p><span style="font-size: 10pt; color: #000000;">お風呂に入るのに裸になり浴槽にはいりますが、これを温度変化で捉えると</span></p>
<p><span style="font-size: 10pt; color: #000000;">以下のようになります。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 10pt; color: #000000;">冬を想定した場合（以下のパターンは断熱化されていない家の温度変化イメージです）</span></p>
<p><span style="font-size: 10pt; color: #000000;">暖房を効かせた居間（リビング）20～24℃<img style="margin-left: 3px; margin-right: 3px; vertical-align: middle;" src="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/plugins/typepad-emoji-for-tinymce/icons/10/leftright.gif" alt="" width="16" height="16" />廊下10～16℃<img style="margin-left: 3px; margin-right: 3px; vertical-align: middle;" src="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/plugins/typepad-emoji-for-tinymce/icons/10/leftright.gif" alt="" width="16" height="16" />洗面所８～10℃</span></p>
<p><span style="font-size: 10pt; color: #000000;"><img style="margin-left: 3px; margin-right: 3px; vertical-align: middle;" src="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/plugins/typepad-emoji-for-tinymce/icons/10/leftright.gif" alt="" width="16" height="16" />浴槽38～43℃<img style="margin-left: 3px; margin-right: 3px; vertical-align: middle;" src="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/plugins/typepad-emoji-for-tinymce/icons/10/leftright.gif" alt="" width="16" height="16" />洗面所８～10℃<img style="margin-left: 3px; margin-right: 3px; vertical-align: middle;" src="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/plugins/typepad-emoji-for-tinymce/icons/10/leftright.gif" alt="" width="16" height="16" />廊下10～16℃<img style="margin-left: 3px; margin-right: 3px; vertical-align: middle;" src="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/plugins/typepad-emoji-for-tinymce/icons/10/leftright.gif" alt="" width="16" height="16" />居間　20～24℃</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 10pt; color: #000000;">浴槽以外での温度差は12℃ほどになります。</span></p>
<p><span style="font-size: 10pt; color: #000000;">高血圧は130以上です。でも50代以降はこれくらいの血圧の人は多くいます。</span></p>
<p><span style="font-size: 10pt; color: #000000;">これからみると血圧130の人は12UPすることがわかります。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 10pt; color: #000000;">国は断熱化を進めて、皆が健康でいられる社会の実現するため医療費の削減</span></p>
<p><span style="font-size: 10pt; color: #000000;">を目標にしています。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 10pt; color: #000000;">最後に部屋の室温が16℃以下になると心疾患の影響は大きいです！</span></p>
<p><span style="font-size: 10pt; color: #000000;">ですから、断熱化されたお宅でも、リビング以外の廊下や洗面所の温度を測って</span></p>
<p><span style="font-size: 10pt; color: #000000;">みてください。</span></p>
<p><span style="font-size: 10pt; color: #000000;">その温度以下なら対策を講じてください。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>福岡新築・福岡注文住宅・プロヴァンスの家・可愛い家・こだわり住宅・アモーレの家・マッハの家・リフォーム九州・リフォーム福岡・リノベーション福岡・福岡リノベーション・suumo新築・suumoリフォーム九州・suumoリフォーム福岡・福岡ホームランド・ホームランド福岡・イエスタグラム・家づくり・暮らしを楽しむ・かっこいい家・個性的な家・インスタ映え・シンプルな家・自然素材の家・自然素材・マンションリフォーム・戸建てリフォーム・見学会・暮らしモデル見学会・長寿命住宅・長期優良住宅・長期優良リフォーム・賃貸・旅行・健康・健康志向・環境・良い環境・家づくり・趣味・趣味を楽しむ・こだわり・楽しい時間・材木・暮らしを楽しむ・マッハシステム・全館空調・湿度調整・省エネ・エコ住宅・VR展示場・バーチャル展示場・オンライン展示場・VR内覧・VRモデル</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>https://www.home-land.co.jp/archives/16544/feed/</wfw:commentRss>
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		<title>SUUMOリフォーム[福岡県版]</title>
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		<pubDate>Sun, 19 Feb 2023 09:35:25 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[admin]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[壇洋一ブログ]]></category>

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		<description><![CDATA[福岡県中央区にある弊社（ホームランド）は、リクルートが運営しているスーモ リフォームで一年以上検索順位、１位を更新しております。 事例は全面改修を中心に１０８事例を掲載しておりますのでぜひご覧になって 下さい。 上位の会社は大手ハウスメーカーや地場の大手住宅会社ですが、その中で 1位を更新しているのは、お客様目線での提…]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[
<p><span style="font-size: 10pt; color: #333333;">福岡県中央区にある弊社（ホームランド）は、リクルートが運営しているスーモ</span></p>
<p><span style="font-size: 10pt; color: #333333;">リフォームで一年以上検索順位、１位を更新しております。</span></p>
<p><span style="font-size: 10pt; color: #333333;">事例は全面改修を中心に１０８事例を掲載しておりますのでぜひご覧になって</span></p>
<p><span style="font-size: 10pt; color: #333333;">下さい。</span></p>
<p><span style="font-size: 10pt; color: #333333;"><a style="color: #333333;" href="https://suumo.jp/remodel/rank/kaisha/fukuoka/" target="_blank"><img class="alignnone  wp-image-16411" src="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2023/02/L1001665-e1675393433332-1024x1024.jpg" alt="L1001665" width="112" height="112" /></a></span></p>
<p><span style="font-size: 10pt; color: #333333;">上位の会社は大手ハウスメーカーや地場の大手住宅会社ですが、その中で</span></p>
<p><span style="font-size: 10pt; color: #333333;">1位を更新しているのは、お客様目線での提案・施工をしているからです。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 10pt; color: #333333;">リフォームされる方は十人十色ですから、それぞれご要望は違います。</span></p>
<p><span style="font-size: 10pt; color: #333333;">ときには、既製品に無いものはつくればいいだけで、そのよにしてつくった</span></p>
<p><span style="font-size: 10pt; color: #333333;">事例</span><span style="font-size: 10pt; color: #333333;">が恐らく大手にはない良さがあることで評価に繋がっていると思います。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 10pt; color: #333333;">そして、女性の建築士やコーデイネーターの細やかな対応も差別化の要因だろうと</span></p>
<p><span style="font-size: 10pt; color: #333333;">思います。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 10pt; color: #333333;">だからか分かりませんが、弊社には独身の女性の方のお問い合わせや、ご来場される</span></p>
<p><span style="font-size: 10pt; color: #333333;">ことも多くあります。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 10pt; color: #333333;">これからも、皆さんのお住まいのよき理解者としてすべての面においてサポート</span></p>
<p><span style="font-size: 10pt; color: #333333;">し、安心安全な住環境を前提にその方に合うご提案を実践します。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<pre>
<span style="color: #ff00ff;"><strong>九州・沖縄スーモリフォーム</strong></span><img style="margin-left: 3px; margin-right: 3px; vertical-align: middle;" src="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/plugins/typepad-emoji-for-tinymce/icons/10/down.gif" alt="" width="16" height="16" /></pre>
<p><a href="https://suumo.jp/remodel/rank/kaisha/fukuoka/" target="_blank">https://suumo.jp/remodel/rank/kaisha/fukuoka/</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>壇・樺島家の歴史（4）</title>
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		<pubDate>Tue, 10 Jan 2023 10:46:26 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[admin]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[壇洋一ブログ]]></category>

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		<description><![CDATA[ときどき壇・樺島家の歴史についてここでお話しすることがありますが、数年前に このブログを読まれた東京の樺島さんと言う方から年賀状を戴きました。 その方はやはりここで書いております樺島家とは繋がりがある方でした。 それから、ときどき連絡を取り合って情報交換をしております。 みやま市の物語の舞台になった場所の一つ（吉井から…]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[
<h6>ときどき壇・樺島家の歴史についてここでお話しすることがありますが、数年前に</h6>
<h6>このブログを読まれた東京の樺島さんと言う方から年賀状を戴きました。</h6>
<h6>その方はやはりここで書いております樺島家とは繋がりがある方でした。</h6>
<h6>それから、ときどき連絡を取り合って情報交換をしております。</h6>
<p><img class="alignnone  wp-image-15594" src="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2022/05/image1.jpeg" alt="image1" width="323" height="243" /></p>
<pre>みやま市の物語の舞台になった場所の一つ（吉井から清水山方面を望む）</pre>
<h6>話は変わって、私も28歳くらいまではみやま市の地元におりました。</h6>
<h6>小学校のとき樺島先生と言う方が担任の先生だったのですが、温厚な先生で、あるとき</h6>
<h6>病気で暫くの間、入院されたのですが、入院中描かれた風景画を退院されたから見せてもらった</h6>
<h6>ことがありますが、こんなに上手に絵を描けたらいいなあと思ったことがあります。</h6>
<h6>絵が上手な先生でした。</h6>
<h6></h6>
<h6>ふと思ったのが、もしかしたら、いま連絡を取り合っている樺島さんはこの先生の息子さんでは？</h6>
<h6>と思い、朧げな記憶でしたが、おさな馴染みに聞いてみたら、やはり、今連絡を取り合っている</h6>
<h6>樺島さんは、私の小学校時代の担任の三男坊だったことがわかりました。</h6>
<h6></h6>
<h6>ところで、1500年代は今の築後市・みやま市（南筑後平野）周辺は肥沃で広大な平野が</h6>
<h6>続き戦国大名の覇権争いの舞台になった場所です。</h6>
<p>&nbsp;</p>
<h6>樺島家と壇家は土豪という地元武士であり庄屋でもありましたが、大名の覇権争いの中で</h6>
<h6>うまく生きぬく術を知らないといけなかったのです。</h6>
<h6>そのような時代を生き抜くためには壇家と樺島家はお互いに養子に行ったり来たりで</h6>
<h6>親戚のような血縁関係をもっていたようです。</h6>
<h6>このような繋がりは保身のためで、お家存続のための普通にあることだったかもしれません。</h6>
<p>&nbsp;</p>
<h6>樺島家とはこのような古の繋がりが長い時を経て今でも続いているように感じられます。</h6>
<p>&nbsp;</p>
<pre>壇・樺島家の歴史（5）では、壇・樺島が百姓に身を隠し、立花宗茂と誾千代に糧米を運んだ
行程を歩いてみて感じたことをご紹介します。
30数キロを歩くのは大変でした<img style="margin-left: 3px; margin-right: 3px; vertical-align: middle;" src="https://www.home-land.co.jp/wordpress/wp-content/plugins/typepad-emoji-for-tinymce/icons/08/sweat01.gif" alt="" width="16" height="16" /></pre>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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